誇る文豪 田山花袋

三浦の探訪記

from:スタッフ三浦

こんにちは群馬出身三浦です。
群馬県で幼少期を過ごした人に「ほ!」と投げかけると、即座に「誇る文豪 田山花袋!」と返って来ます。
ごめんなさい、いきなり嘘をついてすみません。
いやでももしかしたら100人に1人くらいは本当に返ってくるかもしれません。

田山花袋

『誇る文豪 田山花袋』とは、群馬県で育った人は必ず一度は手にする、上毛かるたの中の札の1つです。
群馬県出身者の小説家、田山花袋(たやま・かたい)を紹介する【ほ】の札なのです。

花袋の生まれは栃木県邑楽郡館林町。
少年時代に足利(栃木県)で丁稚奉公し、その後上京、そして一旦帰郷します。
日露戦争に従軍した後、東京都渋谷区で文筆活動を行い、死去までこの地で過ごします。
・・・って、群馬関係ないじゃないの!と言わないでください。
花袋が生まれた当時、館林町は栃木県でしたが、現在では越境合併により群馬県館林市となっています。
館林市には田山花袋記念文学館もあります。
カスッてます、群馬県にカスッてるので上毛かるたOKです!

田舎教師

そんな田山花袋は日露戦争が終わってから、いくつもの小説を書き上げます。
その中でも代表作と言えるものが、「田舎教師」という作品。
主人公「林清三」が埼玉県羽生市で、高等小学校の教師として生きる様を描いたものです。
この林清三なる人物には、実はモデルが存在していて、その人の名は「小林秀三」。
実際に羽生市で教師をしていた青年だそうで、肺結核にかかり21歳という若さで亡くなっています。
田山花袋は、その小林秀三の残した日記を元に実地調査を行い、5年後に「田舎教師」を出版しました。

埼玉県羽生市の建福寺には、小説のモデルとなった小林秀三の墓が、「田舎教師の墓」として残されています。

建福寺

建福寺は大きな本堂のある立派なお寺で、小林秀三が教師時代に下宿していたこともありました。
当時使われていた古い本堂は、今でも残されていて、下宿生活の雰囲気をうかがい知ることができます。

↑現在の本堂

↑旧本堂

突然伺ったにもかかわらず、旧本堂を開放し、中を見せていただくことができました。
ちょうど時間帯的にも空いていて、タイミングが良かったと思いました。
以下、旧本堂の中の写真です。

p.s.
青空文庫で「田舎教師」が読めますよ。

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